「損失回避の心理」を喚起し緊急性を生み出す手法が、実際の販売活動に活かされているのをご存知でしょうか?たとえばアマゾンで欲しい商品があったとしましょう。そこに期間限定であったり、先着1000名様のような表記がされていたりすると、僕たちは真っ先に購入行動へと走ります。それはまさしく機会を逸したくない損失回避の現れです。僕は長年にわたってマーケティングの世界に携わってきました。この経験を元に、損失回避の心理を用いてどのように購買行動へと導いていけばよいかについて詳しく解説します。
さきほどのアマゾンの例で言うなら、いったんカートに入れて確認のため寝かしておくこともしばしばで、なかにはそのまま放置したまま忘れてしまうことも。人は、しばしば行動を先延ばしにしようとします。これは脳が重要な判断を先延ばしにしたいという意識が働くからです。そうした心理をこじ開け、購入へと導くには「損をしたくない!」といった消費者心理をくすぐる販売戦略が必要です。企業などは、販売期間を限定したりセール期間を設けたりなどして購買意欲を高めるための手段として積極的に活用しています。
損失回避の心理とは〜元は「プロスペクト理論」
「損失回避の心理」は、人々が報酬よりも損失をより重視する心理的な傾向を指します。この概念は、2002年のノーベル経済学賞受賞者であり、行動経済学のパイオニアであるダニエル・カーネマン氏らによって提唱されました。彼らの研究によると、損失に対するダメージは、利得を得た喜びの2倍以上とされています。ここでは損失回避の心理の元をなす「プロスペクト理論」について、例を挙げて簡単に紹介します。
プロスペクト理論の例
人は合理的に行動すると思われがちですが、実際にはそうではありません。人間の思考には限界があり、時折、非合理的な選択を下すことがあります。この非合理性を明らかにしたのがプロスペクト理論といえます。
リスクのない状態では、得になる選択肢を選ぶ傾向がある
例えば下記2つの選択肢があったとして、僕たちはどちらを選ぶでしょうか。
- 確実に10万円もらえる
- 50%の確率で20万円もらえるが、50%の確率で0円
おそらく僕たちのほとんどは、Aを選択するのではないでしょうか。人は目先の利益を比較した時に、手堅く利益を得られる方を選択するといった心理傾向を示しています。
リスクを抱えた状態では、リスク回避よりも賭けに出る傾向がある
確率的にはリスクのない状態と同じでありながら、下記2つの選択肢があったとしたらどうでしょうか。
- 確実に10万円失う
- 50%の確率で20万円失うが、50%の確率で0円
リスクのない状態とは反対に、僕たちのほとんどはBを選択するのではないでしょうか。たとえば借金がある場合には、損失がすでにあるからこそ賭けに打って出ようとする傾向があります。これは、ギャンブルで「もっと稼げるかもしれない」とやめられない人と同じ心理状態です。
このように、人は自分の置かれた状況によって「損失やリスクを避ける」か「大きな利益を狙うか」の判断を変えていきます。
損失回避の心理を利用するマーケティング手法
損失回避の心理は、緊急性を生み出すために利用されます。例えば、商品の販売期間を短くしたりセール期間を限定したりすることで、消費者の購買意欲を高めるための手法がそれです。こうした手法は、消費者に「今すぐに行動しないと損をする」という心理を植え付けることで、緊急性を生み出しているのです。損失回避の心理は、マーケティングにおいて広く利用されています。例えば、以下のようなマーケティング手法があります。
無料キャンペーンを開催する
無料キャンペーンも消費者の心理をうまくつかんだ戦略です。消費者は、タダでもらえるチャンスを見逃したくないと思うものです。無料になるのは一部の人だけであったとしても、自分もその仲間に入れるかもしれないとの期待で行動に移します。
期間限定のセールや特典
期間限定のセールや特典は、消費者の「何かを逃すと損をする」という感情を引き出し、購入を促す効果があります。タイムセールなどで「本日に限り50%オフ!」などといった形でよく見受けられます。
また限定版や数量限定の商品の提供によって「今すぐ購入しなければ手に入らない」という感情を引き出す方法も多く見られます。例えば月間100個に限定した商品を抽選販売したり、特定のデザイン製品を限定数で販売したりするなどの戦略です。
全額返金キャンペーン
美容品やダイエット食品の通販では、効果が実感できない場合に全額返金するという広告をよく見かけます。これは、顧客の不安や警戒心を取り除き、購買率を高めるための手法です。このように、商品やサービスの購入による損失を懸念する消費者に対して、無料試用期間や返金などの保証を提供することによって購買行動を促しているのです。
送料無料
アマゾンなどでのショッピングの際、送料無料となる金額まで商品を買い足していった経験はありませんか?これは「送料負担を回避したい」といった消費者心理をくすぐるのに一役買っています。
ポイントサービス
ポイントサービスが提供されていない店舗での購入は、ポイントが蓄積されない分損失と感じるため、消費者はポイントサービスを提供している店舗を優先的に選びます。さらにポイントに有効期限が設定されている場合、その期間内にポイントを利用しないと損失を被ってしまうといった心理的な側面も、購買に走らせる一要因となっています。
恐怖をアピール
エアコンを購入する際「消費電力の良いものでなければ、毎月の電気代で余計なお金がかかってしまうという」と聞かされた経験はありませんか?損失を強調することで、無駄遣いを避けたいと感じ、購入を検討しやすくなるといった仕組みです。このように、損失回避バイアスを利用したマーケティング戦略は、顧客の購買意欲を刺激することに役立ちます。
キャッチコピーの表現方法を検討する
「合格率90%」と「不合格率10%」は同じ事実にもかかわらず「合格率90%」の方がポジティブな印象を与えます。また「先着順」のような特典や「問題を放置すると損害が生じる」などの損失強調は、消費者の損失回避性を刺激し消費行動を促します。このような表現方法による効果をフレーミング効果といい、同じ情報でも表現方法により受け手の印象が変わるという趣意です。
顧客が利用や購入をしないことで生じる損失を明示することが重要で「プランを変更すれば月に5,000円の利益が得られる」よりも「プランを変更しなければ月に5,000万円の損失が生じる」と言った方が強い訴求効果があります。このように、セールストークを工夫するだけでも顧客に損失を避けるための行動を促すことが可能です。
損失回避の心理の注意点
損失回避の心理を利用するためには、いくつかの注意点があります。消費者に不必要な緊急感を与えると信頼を失う可能性があるため、自然な緊急感を提供することが求められます。また、消費者や顧客のニーズを無視して損失回避の心理を利用することで逆効果になってしまう可能性すらあります。
これらのメッセージは、短期的には売上に貢献するものの、消費者はそのようなアプローチに疲れてしまう懸念も見落とせない点です。消費者にとって有益な情報であっても、企業と消費者の長期的な関係を築く観点から、信頼感を損なわないようにしていく配慮が必要になってきます。
損失回避の心理だけでなく行動経済学などの理論は、消費者が何を不安に感じ、どのような情報を求めているのかを理解するための手がかりとして活用していくことが重要です。
まとめ:損失回避の心理が緊急性を生み出すことを理解し、マーケティングに活かしていこう!
ここまで損失回避の心理によって緊急性を生み出し、それをマーケティングに活かす手法について解説してきました。最後に要点を5つにまとめました。
- 人は合理的に行動すると思われがちだが、非合理的な選択を下すことがある。
- プロスペクト理論によれば、リスクのない状態においては得になる選択肢を選ぶ傾向があるが、リスクを抱えた状態ではリスク回避よりも賭けに出る傾向がある。
- 商品の販売期間を短くしたりセール期間を限定したりすることは、消費者に「今すぐに行動しないと損をする」という心理を植え付けることで、緊急性を生み出しているのである。
- 消費者に不必要な緊急感を与えると信頼を失う可能性があるため、自然な緊急感を提供することが求められる。
- 損失回避の心理だけでなく行動経済学などの理論は、消費者が何を不安に感じ、どのような情報を求めているのかを理解するための手がかりとして活用していくことが重要である。